2008.08.29

[080829]移籍はNOでも離党はOK

政界にちょっとおもしろい動きが出てきました。

参議院議員の渡辺秀央、大江康弘、姫井由美子らが民主党を離党し、無所属の荒井広幸、松下新平両参議院議員とともに新党を結成するそうです。

渡辺・大江両氏は、ともに比例区選出。つまり、民主党という政党の看板を背負い、民主党に対する有権者の票で当選した議員ですから、当選後に党籍を変えるのは有権者に対する裏切りではないのか? そんなことが許されるのか? という疑問が湧いてくるところですが、公職選挙法第99条の2には次のような規定があります。

 (1) 衆議院(比例代表選出)議員の選挙における当選人……(中略)……は、その選挙の期日以後において、当該選挙人が衆議院名簿登載者であつた衆議院名簿届出政党以外の政党その他の政治団体で、当該選挙における衆議院名簿届出政党等であるもの……(中略)……に所属する者となつたときは、当選を失う。
 (2)~(5) (省略)
 (6) 前各項の規定は、参議院(比例代表選出)議員の選挙における当選人について準用する。(後略)

つまり、選挙のときに、A党、B党、C党、D党……といった政党が名簿を届け出ていたとして、たとえばB党所属で当選した議員がB党をやめてA党に入党すると議員資格を失いますが、おもしろいことに、単にB党をやめる(離党する)だけの場合や、選挙当時名簿を届け出ていなかった政党に加入する場合には、議員資格を失うことはないのです。

この制度については、賛否を含め、いろんな考え方があり得ますが、そもそも日本国憲法は非常に古典的なタイプの議会制を想定しており、特定政党・団体の代弁者ではなく「全国民の代表」(憲43-1)としての独立した議員個人を国会の基礎単位と位置づけていますから、憲法の下位規範である法律(公職選挙法)のレベルでは、既存政党に鞍替えする行為を禁止することはできても、離党や党除名をもって議員資格を剥奪するのは、むしろ憲法の趣旨に反することになるおそれがあります。

というわけで、渡辺・大江両氏は、民主党をやめましたが、自民党など既存の政党に入党したわけではないので、議員資格を失うことはありません。離党した後に新党を結成することにも問題はありません。

それより……

渡辺・大江両氏は、ともに旧自由党出身で、民主党内では反小沢派の急先鋒。党籍まちがっているんじゃないかと思うぐらい、小沢路線の民主党を公然と批判し続けてきたことで知られています。そして、注目すべきは、この二人が旧民社党系の民社協会という政治団体に所属し、渡辺氏はその顧問まで務めていることです。

民社協会は、規模こそ小さいが、労組を基盤とする全国組織をもち、所属議員も自民党を上回る保守主義思想をもつ硬骨の士が少なくありません。最近では、民社協会所属の国会議員有志が「創憲会議」を組織。真摯な勉強会を重ねて独自の憲法改正草案を作成し、一昨年には『国を創る 憲法を創る:新憲法草案』という本まで出版して世間を驚かせました(ちなみに民主党は「創憲」を掲げながら、まだ草案を作成するには至っていない。というか、その気がありません)。共産党などは「自民党の改憲試案よりも反動的」と言って、創憲会議の改憲試案に警戒をあらわにしたものです。

郵政解散で多くの落選者を出したものの、民社協会は渡辺・大江両氏を含め衆参両院で32名の議員を擁し、民主党内の一派閥として一定の勢力を占めています。

党内での居心地が良いとはいえない彼らが、渡辺・大江両氏の動きにどう対応するか。党幹部にも食い込み、小選挙区制ベースの選挙制度の怖さを知っている民社協会が即座にどうこうするとは考えにくいものの、今後の彼らの動き次第では、政界再編の一つの流れが生まれてくるかもしれません。

自公連立もイビツなら、旧民社党系と旧社会党系が民主党に同居しているのもイビツ。

断層におけるひずみの蓄積が解放されるときに大地震が起きるのは忌むべき事態ですが、政界のひずみは激震とともにそろそろ解放されてしかるべき頃合いなのかもしれません。

新党「改革クラブ」の行方が注目されます。

<追記1>
その後、姫井氏はすぐさま離党を撤回したため、「改革クラブ」は政党たるの要件を満たすことができず、とりあえず参議院の「会派」として出発することになりました。(8/30)

<追記2>
民主党・小沢代表は、「バラマキ批判に適任」とかで、岡田克也元代表を党政調会長に就任させる意向だそうです。岡田氏には、イラク人質事件に際してテロ行為を容認するかのような無責任きわまるメッセージを発した前歴があります。ちなみに、解任されることになるであろう現政調会長の直嶋正行氏は民社協会に所属しています。(9/1)

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2008.05.14

[080514]リセットしちゃう学生たち

今年度小生のゼミに入室してきた学生のひとりが「ゼミを辞めたい」と言ってきました。「うまく発表できない、……みんなの発表を聞いていると自分よりレベルが高くて、……気後れして意見も言えない」……なんだか思い詰めた表情をしています。

その場で「いいよ」と言うわけにもいきませんから、後日、ゆっくり相談する時間を取りました。客観的にみればゼミ生たちの学力や発表の良し悪しなんてドングリの背比べであること、コミュニケーションが苦手ならゼミはむしろそれを克服するチャンスであることなどを、おだやかにじっくりと諭してみました。

でもその翌々日、「やっぱり辞めます」という旨の短いメールが来ました。

小生のゼミ指導はそんなにきびしいんだろうか、とも思いましたが、昨年度には、まだゼミが始まらない前に入室を辞退してきた例が2件もありましたから、指導のマズさだけが原因ではないでしょう。前任校での約14年間には、こんなことは一度もありませんでしたが、日本大学法学部に着任してからのわずか2年ほどの間にこうも立て続けに起きるところをみると、学生の気質が変わってきたのかもしれません。

大学にもよりますが、少なくとも小生の本務校では、ゼミへの入室はそんなに容易ではありません。人気ゼミの入室試験は競争率が高く、第一志望のゼミに入室できず、他のゼミの二次募集、三次募集にも落ち続けて“ゼミなしっ子”になってしまう学生もいます。

もちろん、ゼミだけが大学教育のすべてではありません。ゼミに魅力を感じないなら、その分、他の講義科目を多く履修して知識を深める積極的な選択肢もあり、その方が学生にとってもメリットが大きいでしょう。

しかし、少なくともゼミに応募してくる以上、学生はゼミ特有の授業方法を了解し、それを通じての研鑽を望んでいると考えるのが当然で、教員もそのつもりで入室の可否を判断しています。実際、エントリー・シートには、志望動機、入室後の抱負などがそれなりに立派に記されているのが普通で、そうでない学生には、たとえ定員に満たない状態でも、入室を認めることはできません。

そうまでして、やっとのこと入室してきたはずの学生が、わずか数回のゼミののち、あるいはゼミが始まらない前に、「辞めたい」と言ってくる。そして、理由を尋ねると、判で押したように「自分に向いていないことがわかった」と言うのです。

ゼミ募集に先立って、大学はゼミ案内の詳細な冊子を学生に配布し、現ゼミ生によるオリエンテーションや公開ゼミを開催して、ゼミ内容の周知徹底に努めたのちに入室試験等を行い、さらに多くのゼミは二次募集、三次募集を行って何度もチャンスを与えています。学生にはじっくり考えてゼミを選ぶ時間が十分すぎるほどあるのです。

その長いプロセスのなかで、特定のゼミが、あるいはゼミという授業形態そのものが自分に向いているかどうかは、おのずとわかってくるはずです。あまり向いていないかもしれないと感じても、プレゼンや討論ができるようになりたい、論文の書き方を身につけたいという意志があれば、努力する覚悟を決めてゼミの門を叩くのが当然だし、教員もそのつもりで学生を迎えています。

ゼミが始まってから「自分に向いていないことがわかった」などと言ってくること自体、なんともマのヌケた話だと思いますが、もっと深刻なのは、その程度のことであっさり努力を放棄してしまう安易さ、あるいは弱さでしょう。ここで辞めてしまったら、小生のゼミはもちろん他のゼミにも二度と入室することはできず、プレゼン、討論、論文作成等の新たな能力を開発するチャンスも、少なくとも本学在学中は完全に失われてしまうのに……。

ゲーム・コンピュータなどのデジタル機器に慣れ親しんだ世代に、あるいは特有の思考回路なのかもしれません。

ミスしたらリセット!

うちの子供たちもそうです。ゲームが気に入らない方向に行っちゃうと、リセット操作をして、それまでの展開をなかったことにしてしまう。

我々おとなは、「人生は何度でもやり直しがきく」と言って若者を励まします。でもそれは、ある目標に向かって精一杯の努力をしたが報われなかった者や、過去の行いを真摯に反省し再起を決意した者にこそふさわしい言葉です。

安易なリセットを繰り返しているうちに、人生なんて終わってしまうよ!

ゼミ辞退を申し出た学生に、小生はこう言いたかったのですが、伝わったのかどうか……。

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2008.04.22

[080422](概要)フランコ時代の基本法体制における国家元首の地位および権能

池田実「フランコ時代の基本法体制における国家元首の地位および権能」(『日本法学』73巻3号、2008年2月)239-260頁

《目次》
はじめに
一 諸「基本法」以前の法令における国家元首の地位および権能
 1 一九三六年九月二九日の政令第一三八号
 2 一九三八年一月三〇日の法律
 3 一九三九年八月八日の法律
二 諸「基本法」における国家元首の地位および権能
 1 国会設置法(一九四二年七月一七日)
 2 スペイン人憲章(一九四五年七月一七日)
 3 国民投票法(一九四五年一〇月二二日)
 4 国家元首継承法(一九四六年七月二六日)
  (1) 君主制の規定と「基本法」の定義
  (2) 王国顧問会議の創設
  (3) 国家元首の継承手続
 5 国民運動原則法(一九五八年五月一八日)
 6 国家組織法(一九六七年一月一日)
  (1) 国家元首大権の留保
  (2) 違憲の訴え
三 国家元首の地位および権能をめぐる二つの側面
 1 「特別の最高官職」としての国家元首:総統(Caudillo)
 2 「通常の最高官職」としての国家元首:王位(Corona)
むすびにかえて

《概要》
「憲法」と名のつく単一の成文憲法典をもつことのなかったフランコ時代の憲法秩序は、理論と実践の乖離が著しく、そこに包摂される諸機関の関係が複雑で、しかも長い時間の経過につれてその様相が時々刻々変化していったことが、この体制の評価をきわめて困難にしている。
本稿は、フランコ体制の公正な評価を可能にするため、七つの基本法をはじめ、その前後に公布されたさまざまな法令の規定を拾い上げ、国家元首の地位および権能を中心として、法令相互間、国家機関相互間の複雑に絡み合った関係を解きほぐし、憲法秩序における国家元首の位置づけと、その権力の本質を浮き彫りにしようとするものである。

《抜刷・コピーの頒布》
本稿をお読みになりたい大学教員等研究者および大学院生の方には、抜刷またはコピーを無償で郵送させていただきます。以下の事項をご記入の上、池田まで電子メールにてお申し込みください。

論文タイトル: フランコ時代の基本法体制における国家元首の地位および権能
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2008.04.21

[080421](概要)スペイン第二共和制憲法(一九三一年)における議院内閣制的大統領の地位

池田実「スペイン第二共和制憲法(一九三一年)における議院内閣制的大統領の地位」(『日本法学』73巻1号、2007年5月)205-233頁

《目次》
はじめに
一 一九三一年憲法体制
 1 成立の経緯
 2 一九三一年憲法の特徴
  (1) 一般的性格
  (2) 統治機構
 3 第二共和制政治史概略
  (1) 「革命の二年間」:暫定政府及びアサーニャ政権の二年間
  (2) 「暗黒の二年間」:急進党=CEDAの二年間
  (3) 人民戦線派政権から内戦へ
二 共和国大統領と政府
 1 共和国大統領の地位
 2 初代大統領の選出
 3 共和国大統領と政府
三 議院内閣制的大統領の諸相
 1 国会の自律的集会制
 2 大統領の国会解散権
  (1) 解散権に対する二つの制約
  (2) 「憲法制定議会」と「国会」の関係
  (3) 議会解散権と大臣副署制
 3 大統領“リコール”制
 4 大統領の弾劾
 5 大統領の拒否権その他
むすびにかえて

《概要》
スペイン第二共和制憲法(1931年)は、現行憲法の素地となるような新機軸を多く採り入れたものであったにもかかわらず、きびしいイデオロギー対立や世界恐慌など、非法的な要因に翻弄し尽くされ、実際的な統治能力を備えた憲法モデルとなることはできなかった。そのため、憲法の評価に際しては、憲法自体の内容よりも、それを取り巻く状況的特殊(宗教、地域主義、社会問題など)ばかりが注目され、それがいかに憲法の運用を歪めたかが強調されてきた。
しかしながら、第二共和制憲法自体にもさまざまな制度的欠陥が内包されており、それが体制の崩壊と内戦への突入を招く要因にもなっていたのである。
本稿は、その制度的欠陥のうち、議院内閣制と大統領制の折衷形態をとる中央政府の統治機構、とりわけ一院制国会優位の議院内閣制における大統領の地位に焦点を合わせ、独立した調整者・仲裁者にふさわしい権能をもちながら、大臣副署制や解散権に対するきびしい制約により、権能の行使が強く抑制され、その中立性も著しく損われていたことを明らかにするものである。

《抜刷・コピーの頒布》
本稿をお読みになりたい大学教員等研究者および大学院生の方には、抜刷またはコピーを無償で郵送させていただきます。以下の事項をご記入の上、池田まで電子メールにてお申し込みください。

論文タイトル: スペイン第二共和制憲法(一九三一年)における議院内閣制的大統領の地位
氏名:
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2008.04.20

[080420](概要)人権の条件

080420jouken小林昭三監修・憲法政治学研究会編『人権の条件』(嵯峨野書院、2007年5月)
(執筆者:小林昭三、下條芳明ほか10名)

《目次》
はしがき
序章 人権の論じ方への問いかけ
第1編 人権の総論
 第1章 人権の歴史的展開
 第2章 人権の概念と分類
 第3章 人権の効力と限界
 第4章 人権の裁判的保障
第2編 人権の各論
 第5章 個人の尊重と幸福追求権
 第6章 法の下の平等
 第7章 精神的自由
 第8章 経済的自由
 第9章 身体の自由
 第10章 社会権
 第11章 参政権
 第12章 国務請求権
 第13章 国民の義務

《概要》
本書は、「人権の教科書」として、一般の大学生を対象にして、人権論だけでなく、憲法、日本国憲法、法学など、大学の講義において使用することを目的に企画されたものであり、教科書として必要な基本・重要事項を網羅し、主要学説や重要判例が偏りなく解説されています。
しかし、本書にはもう一つの狙いがあります。それは、在来の人権概説書とは違う「憲法政治学」の視点から、日本国憲法下での既成の人権論や人権運用の現状に対して問題提起を試みることです。近代的人権理念の絶対性・普遍性を疑い、人権を支える政治的・経済的・社会的・文化的条件は何なのか、人権保障が適正に作用する場はどこなのか、といった問題にまで踏み込んで考察を加えています。
執筆者はいずれも小林昭三・早稲田大学名誉教授の研究室で憲法政治学の研鑽を積んだ研究者・法曹であり、本書は小林門下の総力戦といってよいものとなっています。
池田は「第7章 精神的自由」(188-211頁)の執筆を担当。

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2008.04.19

[080419]再始動のごあいさつ

長らく休眠状態で失礼いたしました。再始動します。

当ブログを開設した当初は、まだ「ブログって何?」という時代でしたが、いまではブログ無しのサイバー空間は考えられないほどになりました。

ここ数年、私もさまざまなブログを試してきましたが、ブログ遍歴の後にあらためて眺めると、この「ココログ」は、なんとも地味であります。それでも、Yahoo!で「スペイン憲法」を検索すると、いまだにこのブログがトップに現れるのは、考えてみればすごいことです。早い者勝ちということでしょうか。

どうやら「スペイン憲法」ブログの先駆けのようなので、地味なまま、研究活動と情報発信を再開します。

とりあえず、研究業績その他の既存のページを、ちみちみと更新しています。

また、これまではコメントやトラックバックを受け付けない設定にしていたのですが、記事によっては受け付けてみようかとも思っています。

今後とも当ブログをよろしくお願いいたします。

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2006.11.20

[061120]日本スペイン法研究会

061120spainho0111月18日(土)、名古屋の南山大学法科大学院において、「日本スペイン法研究会」第4回研究会が開催された。

「日本スペイン法研究会」は2005年5月21日に発足した新しい団体である。

2004年6月8日、このブログを読んだ岡部史信・創価大学法学部助教授から突然電子メールをいただいた。岡部助教授は、スペインの社会保障法・労働法を研究テーマとする一方、日本国憲法制定史に関する著書もお持ちの気鋭の研究者である。

バルセローナ大学に留学経験のある岡部助教授からのメールは、「帰国後、日本にスペイン法研究者の集まりがないかと探しておりましたが、いまだに出会えずにおります。それ以前に、スペイン法の研究者があまりにも少なく、途方に暮れていたところ、たまたま池田先生のページを発見しました。是非一度お会いしてお話をさせていただきたく、またスペイン法を扱う研究会等があったら参加させていただきたく、このようなメールをお送りいたしました」という趣旨のものであった。

ブログを開設した甲斐があった!と小躍りしつつ、すぐに返信した。「是非お会いしたいものです。でも、スペイン法を中心とする研究会は、たぶん日本には存在しません」と。

以後、メールや電話でやりとりを重ねるうちに、どんどん意気投合し、「研究会がないのなら作ってしまいましょうか!」ということになるまでに、さしたる時間を要しなかった。そして、これまたこのブログ開設をきっかけに、メールではやりとりをさせていただいたことのある黒田清彦・南山大学法科大学院教授にも連絡を取り、わが国のスペイン法研究の第一人者である黒田教授からも積極的な賛同をいただいて、翌2005年5月21日、研究会発足に漕ぎ着けたのである。

つまり、「日本スペイン法研究会」は、スペイン法を主たる研究対象とする、わが国で最初の、そして唯一の、研究団体である。年2回(5月、11月)ペースで研究会を重ねている。

061120spainho0218日の研究報告、その1は、
報告者:ルイス・ペドリサ(京都大学大学院)
論 題:「親の道徳・宗教教育権の憲法上の位置づけ」
であった。

ペドリサ氏は、マドリードのコミージャス大学法学部を卒業後、日本の文部省(当時)の奨学金を獲得して京都大学に留学中の大学院生(博士後期課程)である。大石眞教授のもとで憲法を専攻し、主に日本の政教関係を研究されている。生粋のマドリードっ子だが、「私の前世は日本のサムライだった」と確信し、16歳のときから独学で日本語を勉強された。いまでは東京弁と京ことばを自在に操りつつ、私でも読めないような戦前の日本の旧法令を楽しげに読みこなす。日本の歴史にも異常に詳しく、京都に彼を訪ねれば、スペイン人に日本語で京都の名所・旧跡を案内してもらうという、稀有な体験をすることができるだろう。

ここはスペイン法の研究会であるから、ペドリサ氏の報告はスペインの教育制度をめぐる憲法問題を扱っている。宗教的価値観にむしろベースを置くスペインの「教育権」概念は、欧州諸国にあってはそれほど特殊な議論でもないだけに、日本の教育をめぐる概念や制度の特異性がむしろ浮き彫りにされる感じで、教育基本法の改正が取沙汰されている折りも折り、たいへん勉強になった。

061120spainho03研究報告その2は、小生の「スペイン第二共和制憲法(1931年)の諸相 —議院内閣制的大統領の地位をめぐって—」である。ワイマール大統領制に範を取りながらもさまざまな制約を課せられていた共和国大統領の地位をめぐる憲法問題を論じてみた。

ここはスペイン憲法だけでなく、スペイン「法」全般の研究会である。さまざまな法分野を専門とする研究者・実務家の会員諸氏から、法律用語の概念や訳し方の問題に関して数多くのご質問やご意見をいただいた。こういう、スペイン「語」を媒介とした法律論議のできる場を用意すること、これこそが研究会設立の目的だったのである。逆に、スペイン「憲法」については、日頃それを専門に研究しているわけではない多くの会員諸氏に、一定の知識を提供することはできたと思う。

楽しくも充実した研究会であった。

061120spainho04ラテン系だから、懇親会も楽しい。じつは小生、前日まで風邪で体調が悪かったのだが、すっかり元気になってしまい、二次会にまで繰り出し、今回はとくに北原仁・駿河台大学法学部教授からおもしろい(学問的に!)お話をたくさん聞いて、大いに大いに盛り上がった。

産声をあげたばかりの「日本スペイン法研究会」は、まだ小さな団体にすぎないが、おそらくは全国各地に点在していると思われるスペイン法研究者に、少しずつ輪(&和)を広げていきたいと思っている。関心のある方、入会を希望される方は、ご連絡いただければさいわいである。

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2006.11.06

[061106]かけがえのない母性

061106kazoku安倍政権は、ご当人はともかく、マトモなことを堂々と発言する取り巻きを適材適所に配している。あるいは、首相が言うと差し障りのあることを側近たちが代弁している面があるのかもしれない。

皮切りは伊吹文科相の「小学校で英語必修など必要ない」発言。最近では中川政調会長の「日本の核保有を議論すべき」発言が注目されている。

そして、昨日の注目は下村官房副長官。読売新聞(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20061105i315.htm)によれば、下村氏は静岡県熱海市で開かれた自民党東京都連の勉強会で講演し、保育所の入所待機児童解消策について「本当にいいのか見直すべき時期に来ている。(特にゼロ歳児保育に)税金投入するなら、(母親は)無理に働かなくても、家庭でしっかり子育てをやってもらえるようにシフトしていくことが望ましい」と述べたそうである。

この人は私のブログを愛読しているのではないか、などと根拠なく自惚れてみたくなるほど、私が2年前に書いた「[040610]少子化対策の切り札」という記事の内容に酷似している。是非お読みいただきたい。

小泉政権は「保育所待機児童ゼロを目指す」ことを公約の一つに掲げ、「女性の社会進出を促す」ため配偶者特別控除制度を廃止した。「専業主婦は非生産的」と言わんばかりだったが、もくろみに反して出生率は下がる一方だった。

「いまの我が国に必要なのは、保育所を増やし、子育て支援の行政サービスを充実させることなのか。そうではあるまい。必要なのは、家庭本来の機能を回復させ、子供を保育所に入所させる必要のない家庭環境の構築を支援することである。ありていに言えば、母親が一定期間育児に専念しても父親の収入だけで十分に生活していけるような措置を講じることである。そして、将来この子供たちによって老後を支えられることになる独身者や子供のない夫婦には、少子化対策のために応分の負担をする社会的責務があることを理解してもらう必要があろう。子供をつくるか否かは、もはや自己決定権の問題ではない。全国民の存亡にかかわる国家的な緊急課題なのである。」……2年前の私は書いていた。

いまでも固くそう信じている。わが家の子供たちも成長して、だんだんと手がかからなくなってきてはいるが、母親の役割はいや増すばかりである。家事労働の問題ではない。家庭のかなめ、母性の発揮こそが、母親の存在意義なのである。

家事は、男でもできる。どんどんやるべきである。わが家でも、料理などは、ジャンルによっては私の方が妻よりも上手である。ネタ切れの妻に夕食メニューをリクエストしたり、冷蔵庫の残り物でチャッチャッと一品をこさえるのも、私の得意技だ。掃除だって、洗濯だって……。

だが、男には、母性を肩代わりすることはできない。その母性を100%発揮してもらわなければならない場面が、ほかならぬ家庭での子育てなのである。

下村官房副長官の発言は至極まっとうである。と同時に、こんな当たり前のことを言っただけで注目され報道されてしまう、今日わが国の異常をつくづく実感せずにはいられない。

民法はじめ家族に関する法令の拠り所となるべき日本国憲法24条には、男女平等を原則とした「婚姻」の規定はあっても、「家族」の意義や役割についての言及はない。男女共同参画社会基本法のような法律が生まれ、「保育所待機児童ゼロ」のような本末顛倒のイビツな政策がまかり通ったのは、ある意味で当然の帰結であった。

憲法改正の課題は9条だけではない。是非とも24条を改正して、「家族(家庭)」や「母性」をわが国に取り戻さなければならない。

たとえば創憲会議『新憲法草案』は、次のような改正を提案している。

 創憲会議『新憲法草案』第39条(家族の保護、婚姻の自由) 1. 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、国はこれを保護する。
 2. 子を監護および養育することは、両親の権利であり義務である。国は、両親が子を監護および養育する責任を果たすために必要な援助を与える。
 3. 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
 4. 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚ならびに婚姻および家族に関するその他の事項に関しては、法律は、人間の尊厳、夫婦の本質的平等および社会の基礎としての家族の価値を尊重して、制定されなければならない。

ポイントは第4項。家族にかかわる法律は、個人の尊厳や男女平等だけでなく、「家族の価値を尊重して」制定されなければならない、という下りである。この精神の下では、男女平等の勢いあまって家庭をバラバラにするような法律や政策は排除されることになろう。

少子化対策だって、保育所新設などに国民の血税を注ぎ込まなくても、皇室にお子様が生まれてくれる方が、ずっと効果が大きかったりする。なぜか。それが家庭のぬくもりや母性のよろこびを多くの国民に気づかせてくれるからである。

国にできること、やるべきことは、ただ一つ。

かけがえのない母性と家庭を保護することである。

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2006.10.12

[061012]学と遊の週末

0610121hikakuken学会シーズンである。皮切りは10月7日(土)比較憲法学会。連日の大雨がやっとのこと上がり、青空が広がったので、会場の国士舘大学へ徒歩で向かった。

途中、運動会とおぼしき紅白帽子をかぶった小学生、親子連れを何人も見かけたが、ウチは今年から次男も小学校に上がり、その学校は例年運動会を春にやってしまうので、毎週末のように学会が行われる10月・11月に子供イベントとぶつかる心配がずいぶん少なくなった。ありがたいことである。

今年の私は「司会」の当たり年(?)で、この比較憲法学会と、二週間後には憲法学会でも司会をすることになっている。

比較憲法学会のはシンポジウム形式だったので、もう一人の司会者である原田一明・横浜国立大学教授と協力して、個別の報告だけでなく、質疑・討論も含め、会全体を仕切ることになった。

学会というものは、当初の予定時刻どおりには進まず、遅れがちになるものである。さらに今回は出席者が非常に多かったので、質疑・討論をさばき切れるかどうかも懸念された。

しかし今回、報告者は司会者の指示に従っておおむね発表時間を遵守してくれたし、私も原田教授も“交通整理”に徹し、質疑・討論を十分に行ってもらいつつタイム・キープを心掛けたので、予定時刻を少しも超過することなく、盛会のうちに幕を閉じることができ、多くの先生方からお褒めの言葉をいただいた。報告にも、知らなかったことや示唆的なものが多く含まれていた。いい学会だった。

懇親会後は、親しい先生方と三軒茶屋で二次会。その後さらに、三重中京大学・浜谷英博教授と12時近くまで三次会。有事法制の第一人者である浜谷先生は、私が修士課程に入学したての頃、数多くの助言を下さった恩人である。二十年前と同じく、溝ノ口で、時の経つのを忘れて楽しいひとときをすごした。

翌8日(日)の朝は、二日酔い気味の身体に鞭打って、日本公法学会(於・明治大学)へ。やはり疲労が抜けないので、午前中早々に退散。少し仮眠を取ってから、自宅で原稿書きその他の仕事をこなす。9日(月/祝)も日本公法学会があるのだが、これはパスして、都内のフィールド・アスレチック施設に子供たちを連れて行くつもりだった。

0610124gogomeが、9日はあまりにも天気が良かったので、家内の発案で、急遽、富士山へ行くことになった。結果は大正解。五合目の少し手前には、山肌をかなり上まで登れる遊歩道が整備されており、人も少なく、絶景を満喫することができた。

0610123hotoたくさん歩いて、お腹ぺこぺこで下界に降りると、待っているのは河口湖のほうとう専門店「不動」である。山梨県内にほうとうの店はたくさんあるが、わが家の好みは「不動」。麺とつゆがうまいし、薬味(しっとり濡れた独特の七味唐辛子)がこの店にしかない絶妙な風味なのだ。残念ながら「不動」は河口湖にしかないので、甲府に住んでいた頃は、ほうとうは自宅でしか食べなかったものだ。

「学」のシーズンの週末に、家族の「遊」を強行したため、週明けは仕事にてんてこ舞いとなり、ブログ更新がいままで遅れてしまったが、子供たちは何かにつけ「富士山楽しかったなー」と嬉しそうな顔をしている。私も嬉しい。

週末は、家族のためにある。

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2006.10.02

[061002]スペイン料理

061002cocinaといっても、レストランに行ったわけではない。家でちょっとした祝い事があり、自分が厨房に立っただけのことである。

我が家はあまり外食をしない。子供が小学校低学年でまだまだ手がかかるし、飲み食いした後、電車・バス・タクシー・徒歩で家に帰るのは億劫だし、なによりお金がかかる。とくにスペイン料理は、専門料理店の数自体が少ない上に、信じられないような料金を取るし、味も、南山大学の黒田清彦先生お奨めの名古屋の某店を除いては、おいしいと思ったためしがない。

なので、たいていの場合「じゃあ、ウチで作るか」になる。食材に多少奮発しても外食に比べれば多寡が知れているし、子供たちと一緒に周囲に気兼ねなく楽しめる上、食べたらその場でソファーにくつろぐことができる。

ドーンと作る料理については、家内と私で役割分担がある。オーブンを使ったローストもの、中華、和洋の煮物は家内の得意分野。ステーキ、パスタそしてスペイン料理は私の管轄である。

で、今回は全部私の作品。

●fiambres variados ハモン(スペインの生ハム)、サルチチョン(スペインのドライ・ソーセージ)、チョリーソ(スペインのスパイシーなドライ・ソーセージ)の盛り合わせ。
●queso (チーズ。これはノルウェーのリダー)。
●champiñon al ajillo (ブラウン・マッシュルームのニンニク炒め)
●paella marinera (魚介のパエジャ)
●patatas con salsa alioli (ジャガイモのアリオリ・ソース)
●tinto (赤ワイン Solis reserva 2000)
●こどもののみもの (見た目ビールに似たアップル・サイダー)

冷肉盛り合わせやチーズは買ってきたものを並べただけだし、他もさほど手のかかる料理ではない。が、パエジャの味には絶対の自信がある。米に滲み込む旨味は魚介類の鮮度と種類で決まるから、こんな料理こそ家でやるに限るのだ。これだけ味が良く具だくさんのパエジャを、レストランで、しかもこのサイズで注文したら、7-8千円ぐらい平気で取られてしまうだろう。

スペインのワインも、良いものがじつに安く手に入るようになった。たらふく飲み食いして、ワイワイ騒いで、ソファーにゴロン。

至福の週末。

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2006.09.30

[060930]奉祝

0609301hoshuku30日、日比谷公会堂にて、皇室の伝統を守る国民の会が主催する『悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い』が行われた。入場無料、飛び込みの一般参加者大歓迎のイベントである。古い公会堂はたちまち2,000人の聴衆で埋め尽くされた。

開会宣言、国歌斉唱の後、主催者・来賓の挨拶が続く。安倍首相の代理として演壇に立った下村博文内閣官房副長官は、首相の祝辞代読ではない分、リラックスした率直な表現で、新政権は女系天皇容認を打ち出した“有識者会議”の答申には拘束されない旨明言し、満場の拍手を以て迎えられた。

次いで、国会議員として自民党幹事長・中川秀直氏、民主党参院議員・大石正光氏が挨拶を述べたが、大石氏の話に会場からは一度の拍手も起きず、ヤジのような声まで上がる始末。男系男子による皇位継承を訴える一方で、「皇室も時代に合わせてもっと開かれたものに」を強調したからである。開かれた皇室の謳い文句の下で、伝統が軽視されたり、皇太子殿下の“人格否定”発言に振り回されたり、……の昨今の状況にうんざりしている人々が、おそらくは大半を占める会場なのである。5月の民間憲法臨調での武正公一氏もそうだったが、どうも民主党の国会議員には“場の空気を読めない”感じの人が多いような気がする。社民党や共産党とは違って、大同団結で手を携えていくべき人々だし、私自身も気骨ある立派な民主党の政治家(残念ながらその大半は目下“元”国会議員の立場で捲土重来を期しているが)を何人も知っている。それだけに、民主党の諸氏には、こと憲法や天皇制の問題については、軸足のぶれない姿勢と気概を求めたいところだ。

ところで、出色は渡部昇一氏の“特別提言”だった。なにしろ多くの国民は、まだ女性天皇と女系天皇の違いや、女系を認めるとどうなるかを理解していない。だから、ここは「ぐっと卑近な話をします」。「要するに、畑とタネなんです。どんな畑でも、米のタネを植えれば米が育ち、麦のタネを植えれば麦が育つ。でも、畑には、米や麦も育つけれど、セイタカアワダチソウだって生えてきちゃうかもしれない」(笑)。先人はそれを知っていたから、男系を守り続けてきた。「血統といいますけど、“血”ではいけません。タネです、タネ!」(爆笑)。

もし私が大学の授業でこれをやれば、人権委員会の査問にかけられてしまうかもしれない。年輪を重ねた重鎮のみに許される説法であった。

トリはおなじみ櫻井よし子氏。保守の論客、というより当代随一の語り部の名演に、会場はなかなか拍手が鳴り止まない。明るいムードのうちに聖壽万歳で、めでたくお開き。

……と思いきや、主催者側の閉会の挨拶で、ちょいとケチがつく。いきなり悠仁親王殿下のお名前をド忘れ。これはまあ、けっこう人ごとではないし、ご愛嬌だが、五箇条の御誓文を「ジョウゲ、心を一にして……」とやってしまい、会場から「上下(ショウカ)だよ!」と突っ込みが入る一幕が。人間ちょっと気を抜くと、自分が恥をかくばかりか、志を同じくする仲間たちの苦労を台無しにしてしまうことがある。他山の石とはこのことで、人前に立つ商売の人間として、身の引き締まる思いをさせてもらった。

0609302hoshuku閉会後は、希望者が皇居二重橋前に三々五々集まり、ご覧のように、君が代斉唱、奉祝の聖壽万歳が捧げられた。

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2006.09.28

[060928]不思議な庭園

060928teien1右の写真をクリック・拡大されたい。いかにも穏やかな小川の風景だが、ここの所在地は東京都千代田区永田町一丁目。なんと国会議事堂の真ん前にこんな庭園があることは、あまり知られていない。

議事堂から見て右側のこの庭園は、国会前庭南地区・和式庭園と呼ばれる旧霞ヶ関離宮跡地である。左側に広がる北地区・洋式庭園は時計塔やら噴水やらがあって明るい感じなのだが、和式庭園には樹木が濃く生い茂り、池の色も汚く、なんともいえない陰鬱ムード。散歩に訪れる一般人はほとんどなく、人影があると、たいていが警察官で、休憩がてら(?)談笑しつつ、灰皿やベンチなどを点検している。夜間は閉鎖されるから、ホームレスも寄り付かない。

060928teien2この和式庭園では、日がな地の底からゴウゴウという音が低く鳴り響いている。この下を地下鉄丸ノ内線が走っており、しかも急カーブ・急勾配の難所なので、換気口からはレールの軋むような音も聞こえてくる。

ジャーナリスト秋庭俊氏の著書『帝都東京・隠された地下網の秘密』(新潮文庫)によれば、国会議事堂前駅を出た丸ノ内線が素直に進路を右に取って霞ヶ関駅に行かず、いったん大きく左に不自然な急カーブを切って和式庭園の下を通っているのは、戦後に建設された丸ノ内線が、じつは戦前にすでに建設されていた秘密のトンネルを“地下処理”して作られたものだからではないかとのこと。

060928teien3さらに、このエリアの地下には、有楽町線と千代田線を結ぶ連絡線が敷かれており、和式庭園の国会正門前交差点に近い一角の真下で丸ノ内線とも交差しているらしい(これは営団も認めている事実)。その一角は右の写真のように、ただの荒れた薮だが、秋庭氏の著書には、ここに「地下鉄桜田門」という駅の出入口を示す記載のある昭和51年のゼンリン作成の地図が資料として掲載されている。北地区・洋式庭園が陸軍省や参謀本部の跡地であることからみて、この薮の下は「一つの地下鉄ターミナル」であり、「かつてここに地下鉄新宿線の駅があったのではないかと思っている」と秋庭氏は言う。

恐ろしくも胸躍る話である。庭園の地下鉄換気口から立ち上る音に耳を傾け、吹き上がってくる空気の臭いをかいでいるうちに、いにしえの魔都(?)東京にタイムスリップしたような、不思議な気分になった。

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2006.09.25

[060925]サイクリング

0609251tour久しぶりに天気の良い日曜日なので、息子二人とサイクリングに出かけた。

自宅から数キロ離れた洗足池までを往復するだけだが、出発前に目的地までのルートを検討し、地図を頼りに道案内をするのは長男(小3)の役目である。彼が選んだルートには、クルマの往来が激しく危険な道や、アップダウンのきつい道も含まれていたが、あえて修正せず、いざ出発。

長男にとっては初めての経験。見慣れたエリアを外れると、さすがに不安な様子で、交差点ごとに地図を広げ、あーでもないこーでもないとやっている。方向を見失ったら「地図にコンパスを当ててごらん」。「あれえ?セブンイレブンまだかなあ?」「何言ってんの!とっくに通り過ぎたよ」「ええっ!」地図上の距離感と実際の距離は違うだろう?

私も初めて通るような道を、いろいろ迷いながらも、なんとか東急・大岡山駅に到着し、東工大前のマクドナルドで昼食。ふだん小食な次男(小1)も、チーズバーガーにかじりついている。洗足池は目と鼻の先だ。

0609252boat秋晴れの下でボートを漕ぐのは、まことに気分が良い。子供たちも楽しそうだ。池の周囲もいろいろ探検し、帰路へ。長男は、当初の予定とは微妙に違うルートを臨機応変に選択しつつ、基本的な方角は見失っていないようだ。たった数時間で、それなりに頼もしくなるものである。無事帰宅。

0609253maron夕食後の茶菓子に、恵那寿やの銘菓「栗きんとん」もどきが出た。留守番をしていた家内が、ちまちまと作っていたものだ。疲れた体に秋の味覚が沁みた。

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2006.09.22

[060922]司法権の濫用ではないか

060922hinokimi東京都教育委員会が、入学式・卒業式で国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを教職員に義務づけ、違反者を処分するとした通達や職務命令を発したことに対し、都立高校教諭ら401名が、通達は違憲違法でありこれに従う義務がないことの確認や損害賠償を求めた訴訟で、21日、東京地裁(藤波孝一裁判長)は、「通達や都教委の指導は、思想・良心の自由を保障した憲法に違反する」との違憲判断を示した。起立・斉唱義務がないことを確認し、違反者の処分を禁止し、401名の原告全員に1人当たり3万円の慰謝料を支払うよう都に命ずる判決だった。

新聞等が報じるところによれば、判決は、「生徒が日本人としての自覚を養い、将来、国際社会で信頼されるために、国旗国歌を尊重する態度を育てることは重要で、式典で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることは有意義」であり、「教職員は国旗掲揚、国歌斉唱に関する指導を行う義務を負い、妨害行為や生徒に起立などの拒否をあおることは許されない」としつつも、通達や処分の違憲・違法性につき、概略以下のように述べた。

 ●国旗掲揚・国歌斉唱に反対する教職員の思想・良心の自由は、他者の権利を侵害するなど公共の福祉に反しない限り、憲法上の保護に値する。
 ●日の丸・君が代は、第二次大戦までの間、皇国思想や軍国主義の精神的支柱として用いられ、現在も国民の間で宗教的、政治的に中立的なものと認められるまでには至っていない。
 ●通達や都教委の指導は、各校長の裁量を許さない一義的な内容であり、教育の自主性を侵害する上に、一方的な理論や観念を生徒に教え込むよう教職員に強制するに等しく、教育基本法10条1項が禁ずる「不当な支配」に当たる。
 ●教職員にはこれら通達、指導、職務命令に従う義務はない。
 ●通達違反を理由とする懲戒処分は裁量権の濫用に当たるので、今後の処分は禁止される。教職員は、従う義務がないのに職務命令に従わされ、精神的苦痛を受けたので、都は慰謝料を支払え。

関係する最も重要な法令として、

 教育基本法10条(教育行政) 1 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
 2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目的として行われなければならない。

を確認した上で、判決を検証してみよう。

教員は、一私人としては当然に憲法19条の保障する思想・良心の自由を享受するが、入学式・卒業式等において「国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導する」のは、学習指導要領という法規命令に従って教員が行うべき職務である。教育は「国民全体に対し責任を負つて行われるべきもの」(教基10-1)であり、その責任は、学校教育法やそれに基づく学習指導要領等の法令を遵守することにより制度的・客観的に担保されることを考えれば、一私人の権利としての思想・良心の自由の論理を、(国公私立を問わず)「全体の奉仕者」(教基6-2)とされる教員が職責を遂行する場面にまで持ち込むのは、普通教育(小中高)における教員に完全な教授の自由を認めることは「とうてい許されない」とする最高裁判例(最大判昭51・5・21刑集30・5・615)に照らしても妥当ではない。

「皇国思想や軍国主義……」云々は、日の丸・君が代についてのいわば“社会通念”を論じたものであるが、そもそも法的判断を旨とすべき裁判所は、黙示の民意ともいうべき“社会通念”を規定するかのような政治的なもの言いをすべきではない。仮に言及するにしても、その判断を裏付ける客観的な証拠を明示すべきであるが、過去に行われた各種世論調査では、むしろ日の丸・君が代が国民の間に定着し、大多数の支持を得ていることは明らかではないのか。

当該通達等を教育行政当局による「不当な支配」というのなら、法令上要求される職務を行わない(つまり、国旗掲揚・国歌斉唱の指導を行わない)ことも、一部の教員による教育現場の「不当な支配」であろう。民主的手続を経て成立した法令を施行し「国民全体に対する責任」(教基10-2)を果たすための措置を不当とし、一部の教員の私的な価値観に基づく実力行使を容認することは、公教育の存立を危うくする。

普通教育における教員は、児童・生徒に対して圧倒的に支配的な立場にあり、そうでなければ教育は成り立たない。だからこそ教員には、独善を戒め、「全体の奉仕者」として「国民全体に責任を負って」教育を行う態度が求められる。教育基本法10条1項が禁ずる「不当な支配」は、教育行政当局だけを指すわけではなく、むしろ問題とすべきは、一部の教職員団体が国や教育委員会の指示を無視して公立学校を党派的に支配してきた戦後教育現場の実態にある。

教員みずからが国旗に向かって起立せず、国歌を斉唱しないことが、国旗掲揚・国歌斉唱を「すべきではない」との意識を多くの児童・生徒に植え付ける効果をもたらすことは明らかである。これは指導義務違反にほかならない。裁判所がそれにお墨付きを与えれば、ごく少数の教員個人の(主観的な)思想・良心の自由が満たされるのと引き換えに、多くの児童・生徒の、またその保護者の、法令に基づく公教育を受ける権利が損なわれることになろう。第一義的な養育権者(児童権利条約)である親には、国が定める公教育の内容が十全に行われる(この場合は、国旗・国歌に対する敬礼を指導する)ことを要求する権利があるはずだし、教員にそれを踏みにじる権利があろうはずがない。

訴訟を起こした教員たちも、裁判官も、かんじんの子供・親のことは、まるで眼中にない。司法権の濫用的行使といっても過言ではなく、損害賠償すらも命じたこの判決は、一都民・納税者として、断じて容認しがたい。

都は控訴し、徹底的に争うべきである。

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2006.09.09

[060909]月食見せたかった

060909fullmoon9月8日早朝、部分月食が見られた、……はずだった。

食の開始は3時5分からだが、天候が気になった。1時半頃見たら、南西の空高く美しい満月が浮かんでいた。天体望遠鏡代わりにカメラに500mm望遠ズームを装着し、覗いてみる。デジタル一眼レフだと35mmフィルム換算で750mm望遠に相当するから、そこそこ見える。試しに数枚撮影し、時の来るのを待つ。

ところがその1時間後には天候が一変し、月はまさに雲隠れ。雨さえ降り始めた。食が最大となる3時51分まで待ったが、天候が回復する気配はない。結局、熟睡する子供たちを起こすこともなく、月食直前のまんまるお月様の写真数枚だけが残った。

「待ち構えていたけど、雨が降ってきて、月食見えなかったので、起こさなかったよ。残念!」妻と子供たちの携帯にメールを打って、私も布団に潜り込んだ。

元来、話題のイベントを追いかけたり、行列に並んだりが好きな人間ではないのだが、この夏は、徹底的にかかわった。子供たちのためにである。

4月から職場が変わり、過渡期の常で、前学期は猛烈な忙しさに振り回され、家庭のこと、とくに子供の養育が疎かになった。子供たちへの接し方が、我ながら父親らしくなくなり、「もっと遊んであげないと、今のこの時間がもったいないよ!」妻に耳の痛い苦言を呈せられたりもした。夏休みは、だから汚名返上のチャンスだった。単なる家族「サービス」ではない。子供たちの人格形成へのかかわりを回復しなければ、という深刻な思いがあったのだ。

まずは葉山の実家に「合宿」しての海水浴、城ヶ島・江ノ島探検。恒例の山梨旅行では、県立科学館で科学実験・工作・プラネタリウム、尾白川渓谷で川遊び・ニジマスつかみ取り。石和温泉のホテル大浴場では、長男が、葉山のおじいちゃん(5年前に亡くなった)が入浴しているのを見たと言う(やおら虚空を指差し「あっ!」と叫び声を上げた。嘘ではあるまい)。その他にも、世田谷区民まつり、多摩川花火大会、映画、自由研究などなど、家族みんなで盛りだくさんのイベントを楽しみ、亡父の魂にも見守られながら(?)、子供たちの態度や表情も、明らかに違ってきた。

子供イベントとの付き合いは、時間・体力そしてお金を膨大に消費する。が、この夏は、私の気持ちにも変化が起きた。仕事(つまり研究のほう)の時間が圧迫され停滞しても、イライラしなくなった。研究者としては良い傾向ではあるまいが、いまは研究よりも子供たちとの「魂の交流」の方が大事だと確信している。

それにつけても、月食は残念だった。自分が見たかったというより、子供たちにぜひ見せてやりたかった。来年の8月28日には皆既月食がある。今からパソコンのカレンダーに書き込む私である。

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2006.05.04

[060504]憲法記念日

060504kenpou憲法研究者のくせに、ここ数年、憲法記念日はどこにも出かけなかったり、私用を優先したり、……が続いていたが、昨日は久しぶりに、自身が会員となっている民間憲法臨調(正式名称:「二十一世紀の日本と憲法」有識者懇談会)の公開憲法フォーラムに参加した。

メインのシンポジウム「日本の安全保障と憲法9条」は、櫻井よしこ氏の熟練したコーディネイトにより、一般向けの討論会としてはかなりハイレベルかつ核心に迫るものとなった。とくに興味深かった議論は以下のとおり。

<石破茂氏>在日米軍のグアム移転に伴い3兆円の負担が求められている件は、日米安保条約の片務性(日本が武力攻撃を受けた場合にアメリカは日本を防衛する義務を負うが、アメリカが武力攻撃を受けた場合に日本はアメリカを防衛する義務を負わない)を補完する日本側の義務(国内に基地を確保すること)を日本が十全に果たせないでいるところに、問題の本質がある。

<森本敏氏>国連憲章51条に基づいて日本が集団的自衛権を行使できるようにすることばかりが取沙汰されているが、安保理が平和・安全維持の措置を決定した後、つまり自衛権を行使できなくなった後どうするのかの問題は、まったく議論されていない。

<武正公一氏>民主党としては、国連憲章に基づく「制約された自衛権」の考え方を提唱している。権力機構に対する何らかの“歯止め”が必要と考えるからだ。
<森本敏氏>自衛権の行使は、本来、政策判断として決定すべきものだ。“歯止め”が必要、という議論を聞くにつけ、その根底には、日本人の、日本人に対する不信感があるのだなあ、という思いを強くする。
<石破茂氏>集団的自衛権は、本来、小国が他の小国と協力して身を守るための手段である。拒否権をもつ大国が侵略を行うとき、国連がまともに機能できないのは目に見えているから、それを憂慮した小国の強い抗議を受けて挿入されたのが国連憲章51条だった。集団的自衛権の問題を日米同盟だけに矮小化して論じるべきではない。国連憲章51条自体がすでに十分強い“歯止め”になっているのだから、アメリカだけでなく、いろいろな国と同盟関係を結べる余地を残しておいた方がよい。

民主党・武正氏は、立場上やや気の毒な部分があったとはいえ、改憲派の論客に混じると見劣りのする感じは否めない。日本の“無条件降伏”という不用意な発言に櫻井氏から注文がついたり、小沢党首の“国連待機軍”構想が一笑に付されたり、といった一幕もあり、このあたりの足腰の弱さをいかに克服するかが、憲法問題に限らず、民主党が政権に近づくために避けて通れない課題だと思う。

レセプションで歓談し、ほろ酔いで帰宅すると、豚児が大熱を出して唸っていた。家人の運転で○○医師会診療所の休日診療へ。GWは看病週間になりそうだ。

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2006.04.03

[060403](概要)国を創る 憲法を創る ー新憲法草案ー

Souken創憲会議(編)『国を創る 憲法を創る ー新憲法草案ー』(一藝社、2006年)

《目次》
はじめに(刊行によせて)
「創憲」を考えるための提言
 [1]「創憲」を考えるための基本的指針
 [2]前文と総則的規定
 [3]人権保障の確立をめざして
 [4]国民主権と民主主義に基づく実効的な統治をめざして
 [5]分権型国家の実現をめざして
 [6]安全保障の基本方針
創憲会議「新憲法草案」全文
付録 「新憲法草案」の理解を深めるために
 「日本型・第三の道」を求めて(東洋大学教授・加藤秀治郎)
 自民党新憲法草案を検証する(日本大学助教授・池田実)
 資料 日本国憲法 全文
あとがき

《概要》(「あとがき」より抜粋)
われわれ創憲会議は、二年にわたり集中的に論議を重ね、平成十六年二月に「『創憲』を考えるための提言」を発表した。また、その翌年、「提言」にそって草案をまとめることを試み、平成十七年十月に「新憲法草案」を発表した。本書は、両方の文書をまとめて収め、わが国での憲法論議に一石を投じるべく、刊行するものである。

《『国を創る 憲法を創る ー新憲法草案ー』入手方法》
全国の主要書店の店頭にて、または出版社(一藝社)に直接注文してお買い求めください。

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2006.04.01

[060401]さようなら梨大

Goodbye山梨大学を離れることになった。

一介の大学院生だった私を拾っていただいて以来、13年9か月お世話になった。教職員の方々にも、学生諸君にも、いろいろなことを教えていただいた。

ここが初任地となったのは、私にとってこの上なく幸運なことだった。いやな思い出というのが、何一つ浮かんでこない。この仕事が天職であることを確信させてくれた、すばらしい職場であった。

ありがとう梨大(ナシダイ)。

今日から、日本大学法学部に勤務する。初心に返って、研究・教育に取り組んでいくつもりである。

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2006.01.29

[060129]実体の有無ということ

060129-Jittaiニコン、コニカミノルタが、相次いでフィルム・カメラ事業からの事実上の撤退を表明した。とりわけニコンの在庫をめぐっては、愛好家の間ですさまじい争奪戦が展開されているらしい。

4〜5か月前から亡父の遺品でフィルム・カメラにハマった私は、つくづく時代に取り残された人間である。が、考えてみると、私がフィルム・カメラに感じている魅力は、写りをすぐには確認できない、現像に時間とコストがかかる、ムダ(失敗作)が多い、フィルムの扱いに慎重を要する等々、通常はデメリットとされる点ばかりである。ちゃんと撮れているかどうかわからないから、現像までの“ドキドキ”が味わえる。コストがかかるので、一枚一枚をじっくり大切に撮ろうという気持ちになる。失敗の原因を分析することで、撮影技術が早く向上する。フィルムは扱いにくいが、温度・湿度をきちんと管理すれば、多少の退色はあっても、かなり長期にわたって保存が可能であることが、すでに立証されている。

画質はどうか。専門家は、デジタルよりも銀塩の方が優れているというが、それも扱いのむずかしいポジ・フィルムや中判などの話であって、一般的な35mmネガがデジタルよりも優れているとはいえないだろう。素直さ、リアルさという点では、むしろデジタルの方が上ではないかと思う。素人なので技術的な詳しいことは知らないが、デジタル画像はナマナマしい。対して銀塩画像は、私の目にはナマメカシく映る。絵が好きなのに描くのが苦手な私には、この特徴がなによりも嬉しい。フィルムの画像は、表現でありアートなのだ。

一方、デジタルは撮影可能枚数が多いので、自動焦点・自動露出で手当たり次第に撮った後、取捨選択するという作業になる。感覚としては、ビデオ・キャプチャー(動画のひとコマを切り取って写真にすること)に近い。この特徴は、デジタルが報道、記録、盗撮(!?)などに向いていることを示している。

手軽で、安価で、効率的なデジカメ。しかし、画像データは、それ自体を直接人間が認識することはできないし、なにかのはずみで雲散霧消してしまう可能性もある。失敗作は、ボタン一つで消去して「無かったこと」にしてしまえる。“ホリエモン”にも通ずる(?)この危うさが、どうにも気になって仕方がない。生身の人間が、電子化されたデータという「実体のないもの」に安住できるとは思えないのだ。

色あせても、傷ついても、永く残るフィルム。それはまぎれもない「実体」であり、人間の感性は、いずれそこへと帰っていくはずである。富士フィルム社は、「写真文化を守り育てることが使命」として事業継続を表明している。賢明で立派な選択だと思う。願わくは、私が愛用するペンタックスやコシナにもがんばっていただきたいところだ。

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2006.01.11

[060111]冬の愉しみ

060111-Physis甲府駅に近い舞鶴城公園で、「光のピュシス」というイルミネーション・ライヴが行われている。昨年に引き続き二度目である。クリスマス期には集中的に企画ものイベントが行われたようだが、それ以外の期間も、12月2日から1月15日まで毎日、夕方17時から22時までイルミネーションが点灯する。

なにぶんにも冬の地方都市である。平日は当然に人もまばら。若いカップルには嬉しい企画だろう。それはまた、カメラいじりの好きな準単身赴任の中年オヤジにとっても、心躍る空間であった。写真に詳しい同僚が、夜景の撮り方を特集した雑誌を貸してくれたので、少しコツを予習してから、亡父の遺品COSINA CT-20に28mm広角レンズのみを付けて出かけた。

肉眼で見る光景は、率直に言って、それほど美しくも幻想的なものでもなかった。色彩が単調だし、広大な敷地を持て余している感じもあった。イルミネーション以外の照明が強すぎて針金の骨組みが丸見えなのは興醒めだし、絶好の撮影スポットで強烈な逆光が放たれているのも困ったものであった。が、なにしろ人が少ないのがよかった。じっくり時間をかけて構図を決める余裕があったからだ。

現像してみたら、思いのほか良い写真が何枚も撮れていて嬉しくなった。上のは私が最も気に入っている一枚である。石垣の上の紫がかった闇の中に、天守閣のイメージが浮かび上がってくる。「光のピュシス」は、なまじの復元よりもよほどリアルに、武田家滅亡後の甲斐府中城を彷彿させてくれた。

これぞ冬の醍醐味。

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